ジャニオタって、なぜこんなに幸せなのか考えてみた
最近つくづく思うこと。
それはジャニオタってめちゃくちゃ幸せっていうことだ。
どれくらい幸せかっていうと、突然、
「幸せーーーー!」
って叫んで走り出したくなるくらい幸せだ。(え、こわい)
わたしのジャニオタ歴はそんなに長くない。
深くもない。
そんなわたしが語るのはおこがましいけれど、
今まで知らなかった世界だったからこそ、噛み締めている幸せみたいなのがあるかもしれないと思っている。
それに、記憶力のないわたしはすでに、最初のころに感じていた新鮮さみたいなものがなくなってしまっている。
こんな幸せ、当たり前にしたくない。
だから忘れないように書いておくことにした。
もちろん、今までの人生だって、好きなものがたくさんあった。
好きなものは人生を豊かにする。
いつもそれなりに幸せだった。
でも、今がダントツ幸せだと思う。
なぜなのか、理由を考えてみると、
どうやら7つの要因があるような気がする。
- ①いつもやりたいことが死ぬほどあるので、退屈知らずだから
- ②自担がいかに素晴らしいか、語りまくれて楽しいから
- ③会う人会う人がみんな魅力的で、元気をもらえるから
- ④信じられないくらいアナログで、逆に楽しいから
- ⑤運命的な瞬間に、立ち会えることがあるから
- ⑥季節感が芽生えて、生活にメリハリが出るから
- ⑦自分の人生とまったく違うペースで存在し続けてくれるものに、救われるから
順番に説明する。
①いつもやりたいことが死ぬほどあるので、退屈知らずだから
予定のない休日は、心の中で腕まくりしてしまう。
溜まった録画が見たい。
コンサートのDVDを見返したい。
最近見てない、昔の録画も見返したい。
読んでない雑誌の整理もしたい。
ジャニショの写真、買ってないのがあるから買いに行きたい。
あの雑誌なんだっけ、ってずっと心にひっかかっているやつ探したい。
もう、やりたいことが次から次へと出てくる。
これってめちゃくちゃ幸せじゃないか。
あ、でもちょうど昨日、コロナで舞台が中止になって死ぬほど退屈だってTwitterで言いまくっちゃった・・・退屈知らずって言ったのに・・・えへへへへ
それをこれとは別問題・・・・・
②自担がいかに素晴らしいか、語りまくれて楽しいから
好きなことを、しつこいくらい、語っても許されるというのはめちゃくちゃ幸せらしい。
わたしは思ってることは、例え同じことでも何回も言いたい。
めっちゃうざいですね。
ツイッターというツールを使って、何回でもしつこくつぶやける。
この時代に生まれてよかったーーと思う。
それにお友達と語れるのも楽しい。
夜中にフォロワーさんとツイッターで盛り上がり、いかに自担がかっこいいかについてお話すること。
ライブの後にどこがよかったか、事細かに報告し合うこと。
鑑賞会で、自担のかっこいい瞬間で一時停止しすぎてなかなか先に進まないこと。
好きなことについて、いかに好きか好きなだけ語れる、こんな幸せが世の中にあるなんて、今まで知らなかった。
うざいと思ってる人がいたらごめんなさい〜〜〜。
③会う人会う人がみんな魅力的で、元気をもらえるから
なぜだ。
ジャニオタ、会う人会う人、みんな魅力的でかわいい。
わたしは今まで、こんな魅力的な人ばかりが集まるコミュニティをみたことがないと思う。
現場でお会いすることが圧倒的に多いので、「現場」という特別な場所がそうさせているのかもしれない。
だとすると、そんな特別な瞬間が人生で一瞬でもあることがその人を魅力的にしているのではないかと思う。
よく、今行ける現場は行けるのならば後悔しないように行け、という。
そんなある意味、刹那的な考え方は人をより魅力的にするのかもしれないな。
④信じられないくらいアナログで、逆に楽しいから
きっと賛否あると思う。
これからデジタルに進化していく部分もあるのだろう。
けど今のところ、
ネットの楽曲配信は積極的に行っていないのでCDを買うしかない。
コンサートグッズはネットで買えない。
師走の忙しい時に団扇を1枚買うために何時間も並ぶ。
このペーパーレスの時代に、生写真なるものを買う。
タレントは基本的にSNSをやっていない。
思いを伝える手段は主に手紙となる。
だから、不便なことも多い。
時間が合わなければ、欲しいものが手に入らないこともある。
最初は、ファンレター!!ひえー!普段年賀状すらまともに書かないのに、なに書くんじゃい〜〜!と頭を抱えたし、
膨大に増え続けるジャニショの写真の整理に悩む日々だ。
でもでも、今はその一見遠回りのように見えるアナログさも、けっこう楽しいと思う。
並ぶ時間も、欲しいものが買えなくて悲しかった思い出も、丸ごと楽しみたい。
逆にその遠回りを楽しめなくなったら、効率的に手に入れることばかりに気を取られてしまうようになったら、わたしはジャニオタやめようって思っている。
遠回りでもそれ自体を楽しめるか、これはわたしにとっては、好きのバロメーターの1つでもある気がする。
⑤運命的な瞬間に、立ち会えることがあるから
来る日も来る日も自担のことを考え、SNSを徘徊していると、
たまに運命的な瞬間に立ち会えることがある。
わたしにとっての運命的な瞬間は、朝起きたらツイッターが追いきれないくらい激流で、TLが「宮田くん、おめでとう」で埋まってた朝。
1年間の帯ドラマへの出演が発表された朝のこと、忘れられない。
別に待っているわけじゃないけれど、
きっと、またなにかそういうドラマティックな瞬間が来る。
そういう瞬間に立ち会えることは幸せだと思う。
ちなみに、その時のわたしのツイートです。
運命的な瞬間なのに、なんっも言えてねえ・・・
宮田くんーーーーー( ;∀;)
— gogotee (@gogotee333) 2018年11月14日
宮田くん宮田くん宮田くん( ;∀;)
— gogotee (@gogotee333) 2018年11月14日
宮田くん宮田くん宮田くん宮田くん宮田くん宮田くん宮田くん宮田くん宮田くん宮田くん宮田くん宮田くん宮田くん( ;∀;)うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっっ( ;∀;)
— gogotee (@gogotee333) 2018年11月14日
いやほんと怖い。
⑥季節感が芽生えて、生活にメリハリが出るから
特に働き出してからは、季節感とは無縁になっていた。
わたしは季節にあまり関係ない仕事をしていることもあり、今が何月かわからなくなることもしょっちゅうだ。
でもジャニオタは一年を通して忙しい。
定期的にシングルがリリースされる。
アルバムが発表されて、コンサートがある。
年に数回、大型音楽番組がある。
自担の誕生日は毎年やってくる。
自分の誕生日にはファンクラブからお手紙がくる。
ジャニオタになってからは、これらのイベントを通じて、季節を意識するようになった。
去年の今頃はこんなだったなーなんて懐かしく思ったりもするようになった。
もちろん、毎年繰り返されるのが決して当たり前のことなんかじゃないのって分かっている。
アイドルってどこか儚いから。
それを理解しているからこそ、去年と同じようにこの日が来たことが嬉しくて嬉しくて、ついつい噛み締めてしまう。
1年無事に過ごせた。
来年も同じように過ごせますように。
できたらもっと会えたりしたらいいな。
そんなふうに毎年思えるのは、めちゃくちゃ幸せじゃないかな。
⑦自分の人生とまったく違うペースで存在し続けてくれるものに、救われるから
ついつい目の前で起こることに目を奪われて、いっぱいいっぱいになることがある。
でもそんな時でも、当たり前だけど自担はいつも最高にかっこよく存在し続けてくれる。
かっこいい曲も、最高のコンテンツも、わたしの人生にはまったく関係ないペースで提供され続ける。
それにどれだけ救われてきたのだろう。
たとえ自分の人生がうまく行っていなくてもなんとか笑っていられるのは、きっと、自担が自分の人生とまったく関係のない存在で輝いていてくれているからだ。
--------------------------------------------------
以上、ジャニオタが幸せな理由を7つ、あげてみた。
長くなったけど、声を大にして後世に伝えたい。
ジャニオタ、めっちゃ幸せですよ〜〜〜!!!
宮田くん、いつもありがと〜〜〜!!